No.37, No.36, No.34, No.33, No.32, No.31, No.28[7件]
白い霧【3】
出来立てのアメリカンドッグに揃ってかじりつきながら、僕達は帰途についた。十束の言う通り、女の子になった今の僕がひとりで帰宅するのは確かに得策ではないと考えたからだ。
それに、せっかく友人が申し出てくれたのだ──理由もなしに無碍にはできまい。
「ひとり娘を塾に通わせて、自分たちはモンスター狩りかあ……。おまえの親御さんたちもなかなかの放任主義だよな」
「そんなことないよ」
はふはふと白い息を押し出しながら僕は答える。
当たり前のことだけれど、男だったときよりも随分声域は高くなっている。誰にも語ったためしはないのだけれど、実はそのことにちょっとだけ落胆していたりする。
まさか自分がトランスエフ病にかかるとは想像すらしていなかったから。
だけど、なったものは仕方がない。神様かはたまた別の高次的存在が決めた「運命」に、人間ごときが逆らえるはずがないのだ。
もっとも僕は「運命」って言葉をそんなに好んでいないのだけれど……。
「モンスター狩りは市民の暮らしを守るために必要な仕事だよ」僕は言った。
「だから父さんたちを責めるつもりはないよ。住民を守ってくれているんだもん、わがままなんか言ってられないよ」
「けどなあ……」
なおも言い返そうとする十束を尻目に、僕は串をゴミ箱に入れた。
紺色の膝丈スカートが夜風に揺られて、ふわりと膨らむ。
「十束は心配性なんだよ。僕が女の子になってからずっと、ボディーガードみたいに付きっきりで構ってくるじゃないか」
「そりゃそうだろ」
十束が串を二つに折ったあと、ゴミ箱に投げ込む。かさりと乾いた音を立て、それは箱の奥へと吸い込まれていった。
「友達が突然女になっちまったんだぜ? これが心配せずにはいられるかってんだ」
「じゃあ、何から僕を守っているの?」
「それは……」
しんとした夜のさなか、僕たちは意味深に見つめ合う。通りすがりの何者かが今の僕らを見かけたら、「あの子たち、恋人同士なのかな?」と誤解すること必至であろう。
けど、真実はそうじゃない。僕らはあくまで友人同士で、それ以上の関係にはない。
僕たちの間に恋心はない。よって、恋愛関係は成立しないのだ。畳む
#一次創作
#性転換小説
出来立てのアメリカンドッグに揃ってかじりつきながら、僕達は帰途についた。十束の言う通り、女の子になった今の僕がひとりで帰宅するのは確かに得策ではないと考えたからだ。
それに、せっかく友人が申し出てくれたのだ──理由もなしに無碍にはできまい。
「ひとり娘を塾に通わせて、自分たちはモンスター狩りかあ……。おまえの親御さんたちもなかなかの放任主義だよな」
「そんなことないよ」
はふはふと白い息を押し出しながら僕は答える。
当たり前のことだけれど、男だったときよりも随分声域は高くなっている。誰にも語ったためしはないのだけれど、実はそのことにちょっとだけ落胆していたりする。
まさか自分がトランスエフ病にかかるとは想像すらしていなかったから。
だけど、なったものは仕方がない。神様かはたまた別の高次的存在が決めた「運命」に、人間ごときが逆らえるはずがないのだ。
もっとも僕は「運命」って言葉をそんなに好んでいないのだけれど……。
「モンスター狩りは市民の暮らしを守るために必要な仕事だよ」僕は言った。
「だから父さんたちを責めるつもりはないよ。住民を守ってくれているんだもん、わがままなんか言ってられないよ」
「けどなあ……」
なおも言い返そうとする十束を尻目に、僕は串をゴミ箱に入れた。
紺色の膝丈スカートが夜風に揺られて、ふわりと膨らむ。
「十束は心配性なんだよ。僕が女の子になってからずっと、ボディーガードみたいに付きっきりで構ってくるじゃないか」
「そりゃそうだろ」
十束が串を二つに折ったあと、ゴミ箱に投げ込む。かさりと乾いた音を立て、それは箱の奥へと吸い込まれていった。
「友達が突然女になっちまったんだぜ? これが心配せずにはいられるかってんだ」
「じゃあ、何から僕を守っているの?」
「それは……」
しんとした夜のさなか、僕たちは意味深に見つめ合う。通りすがりの何者かが今の僕らを見かけたら、「あの子たち、恋人同士なのかな?」と誤解すること必至であろう。
けど、真実はそうじゃない。僕らはあくまで友人同士で、それ以上の関係にはない。
僕たちの間に恋心はない。よって、恋愛関係は成立しないのだ。畳む
#一次創作
#性転換小説
「どうだっていいだろ、そんなこと」
照れたように頬を赤らめて、十束が顔をそむける。
そのしぐさになんとなく加虐的な気分を掻き立てられた僕は、わざと大きな声を出して、
「どうでもよくないよ。何を隠そうとしているの?」
と言い、耳先まで真っ赤に染めた彼の様子をしっかりと見上げた。
これもまた内緒にしている話なのだが、僕は十束のこういう表情がとても好きだった。彼は恋愛の話題を振られるのをなぜか苦手としていて、そういった質問などを突きつけられると、きまって頬を赤くするのだ。
普段大人びた様子の彼が年相応の少年の振る舞いをするその瞬間を見るのが好きなものだから、僕はたまに自分から恋バナを持ちかけていた。
そういうとき、十束は必ず「やめろよ」と嫌がるのだけれど、どこか抵抗を諦めている風情を精悍なおもてに宿していた。
だから僕は、何度も何度も恋の話を彼に振った。
いつもと同じように、今日もまた、同じ話題を繰り出した。
「ねえ、十束はどんな女の子がタイプなの? 僕、小学校のときからおまえの友達やっているけど、十束の好み、全然知らない」
「言わねえよ、そんなこと」
照れた表情のまま大股で歩き出した彼を追いながら、僕は、
「高校生になったんだしさ、好きな子くらいどこかにいるでしょ? ……あ、それとも芸能人の誰かが好きなの? 俳優さんとか、アイドルとか、そっち方面?」
「張っ倒すぞ」
「いいよ。なんだったら押し倒されてもいいんだけどな」
すると、前を歩いていた十束がいきなりぐるんと振り向いて、
「馬鹿! 冗談でもそんなこと言うな!」
と叫んだ。
僕は驚いた。この手の話を振られる際、彼は照れこそするものの、声を荒げたりはしない。今までずっと、そうだった。
立ち止まってぽかんと大口を開ける僕を見、十束が、
「……あ。ご、ごめんよ」
と言った。その頃には彼の頬から朱が退いていた。
「ねえ、十束。もしかして怒っちゃった?」
「さすがにしつこすぎたかな」とこっそり反省していたところ、彼は黙って首を横に振った。
「そんなことあるわけねえだろ」
噴水のある公園の前で、僕たちは視線を合わせる。
白い霧のせいだろう。十束の表情が昼間見るものよりもはるかに優しく、瞳に映る。
「言っとくけど、おまえに怒りを感じたことなんて一度もねえぞ。瀬戸にSっ気があることぐらい、とっくの昔に気づいていたし」
「なぁんだ、残念」
とぼける僕を笑って見下ろしながら、十束がまたも言葉を放つ。
「残念なんかじゃねえよ、むしろご褒美だよ」
「え?」
目を丸くして十束の発言を聞き返した僕はそのとき、悲鳴を聞いた。
夜の闇を引き裂くような、鋭く、強烈な声だった。畳む
#一次創作
#性転換小説