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白い霧【3】

出来立てのアメリカンドッグに揃ってかじりつきながら、僕達は帰途についた。十束の言う通り、女の子になった今の僕がひとりで帰宅するのは確かに得策ではないと考えたからだ。
それに、せっかく友人が申し出てくれたのだ──理由もなしに無碍にはできまい。
「ひとり娘を塾に通わせて、自分たちはモンスター狩りかあ……。おまえの親御さんたちもなかなかの放任主義だよな」
「そんなことないよ」
はふはふと白い息を押し出しながら僕は答える。
当たり前のことだけれど、男だったときよりも随分声域は高くなっている。誰にも語ったためしはないのだけれど、実はそのことにちょっとだけ落胆していたりする。
まさか自分がトランスエフ病にかかるとは想像すらしていなかったから。
だけど、なったものは仕方がない。神様かはたまた別の高次的存在が決めた「運命」に、人間ごときが逆らえるはずがないのだ。
もっとも僕は「運命」って言葉をそんなに好んでいないのだけれど……。
「モンスター狩りは市民の暮らしを守るために必要な仕事だよ」僕は言った。
「だから父さんたちを責めるつもりはないよ。住民を守ってくれているんだもん、わがままなんか言ってられないよ」
「けどなあ……」
なおも言い返そうとする十束を尻目に、僕は串をゴミ箱に入れた。
紺色の膝丈スカートが夜風に揺られて、ふわりと膨らむ。
「十束は心配性なんだよ。僕が女の子になってからずっと、ボディーガードみたいに付きっきりで構ってくるじゃないか」
「そりゃそうだろ」
十束が串を二つに折ったあと、ゴミ箱に投げ込む。かさりと乾いた音を立て、それは箱の奥へと吸い込まれていった。
「友達が突然女になっちまったんだぜ? これが心配せずにはいられるかってんだ」
「じゃあ、何から僕を守っているの?」
「それは……」
しんとした夜のさなか、僕たちは意味深に見つめ合う。通りすがりの何者かが今の僕らを見かけたら、「あの子たち、恋人同士なのかな?」と誤解すること必至であろう。

けど、真実はそうじゃない。僕らはあくまで友人同士で、それ以上の関係にはない。
僕たちの間に恋心はない。よって、恋愛関係は成立しないのだ。畳む


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白い霧【2】

創作性転換小説です。
高校生同士のカプものです。多分R18になると思います。

突然声をかけられてつい固まってしまったが、思い切ってそちらを振り返ったとたん、緊張の糸がふつりと切れた。
隣の家に住んでいるクラスメイトの十束尊《とつかみこと》の顔を認めたからだ。
十束は高校生にしては大柄で、腕も太く、とにかくたくましい体つきをしている。そのくせ髪は女の子みたいに長くのばしているものだから、初対面の人からは胡散臭い人物に思われたりもする。
けれど僕は小五のときに出会ってから一度も、十束を警戒したことがない。
彼は大人のように体格がよいが、飼い慣らされた犬のような人懐っこい笑みをいつも浮かべている。豪胆な見た目に反して、雰囲気がどことなく柔らかいのだ。
また、「外見なんかで人を判断してはいけない」というのが幼い頃からの僕の信条だったため、僕は十束と気軽に交流をしていた。
ちなみに他のクラスメイトからは、「あんな怖そうな奴とよく話ができるな」と感心されているが、それは偏見に類するものだと思う。
小さく笑み返しながら、彼の浅黒い顔を眺めていたところ、十束があきれたような口調で言った。
「おまえ、女の子になったんだからこんなとこで立ち読みなんかしてちゃ駄目だろ。親御さんだって心配してるはずだ」
「大丈夫。うちには今、両親いないから」
──そうなのだ。
うちの両親はモンスター駆除を専門に活動する免許持ちのハンターで、今日は夜勤に出かけているのだ。

美咲乃は霧の街としても有名だが、その霧には「動物を凶暴化させる」という困った成分が含まれているらしい。人間にとっては無害であるが、負の感情を強めた動物が霧に触れると、ヒトを襲う害獣と化すそうだ。
実際にその現象を目撃した経験がないので伝聞でしか知らないけれど、さしあたって、そういう事件がときどき発生しているらしい。
だから、十束が僕の心配をするのは、理にかなっていることなのだ……。

「帰ろう。俺が送っていくから。その本ならうちにあるし、ここで読むこともないだろう?」

「……うん。そうだね」
言って、僕たちはアメリカンドッグを一本ずつ購入して店を出た。
畳む

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白い霧【1】

創作性転換小説です。
R18になるかもしれません。高校生同士のカプです。


僕が育ったその街は、真っ昼間でも雲海めいた白い濃霧に覆われている。
「街の至るところに霧が発生している」という点を除いては、ごくありふれた地方都市だ。およそ四十万人が住むその都市の名は美咲乃《みさきの》というが、さして花苗物の栽培が盛んなわけではない。つい数十年前まではデコポンやスイカなどの農作物で有名だったが、西暦二○××年を迎えた現在、その位置は魔術産業に取って代わられてしまった。

僕の家は二階建ての古びた一軒家だ。町は繁華街からかなり離れた場所にある。周囲にはほぼ古い住宅しかない。近くのコンビニに行くには、自転車で片道十五分はかかる。
塾帰りの夜、最寄りのコンビニで少年誌を立ち読みしていたところ、
「こんなところで寄り道していていいのか?」
と声をかけられた。
いきなり真横から男の声が響いたものだから、思わず肩がびくついた。
というのも、僕は──昨日、女の子になったばかりなのだった。

前述の通り、美咲乃という土地は魔術産業で栄えている。市街に行けば魔術探偵所なんてものがあるし、魔導書だけを販売する会員制の書店もある。治療魔法を使って人々の心身を癒やすまじない医だって存在する。
けれど、美咲乃が世界的に有名な理由はそれだけにとどまらない。
この街で生まれた男児の一部は、成長すると「女の子」に性転換してしまうのだ。
前世紀の末頃に発見されたこの現象の原因は、いまだ解明されていない。多くの魔術師たちがあらゆる手を尽くしてメカニズムを探ったものの、今もなお不明だ。
「トランスエフ病」と名づけられし恐るべき奇病は、美咲乃で生を受けた男の子だけが罹患する。科学の力をもってしても、魔術の力をもってしても、元の性別に戻る手立てはない。一度女性化したら、決して男には戻れないのである。

完全に虚をつかれた僕は「ひっ」と声を上げたあと、ゆっくりと横を見た。
そこには、大柄な体躯をした、いかにも喧嘩の強そうな男子生徒がいた。

【続く】畳む


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